(40) Relaxin' (1956) / Miles Davis

②「You Are My Everything」の冒頭、チャーミングなシングルトーンでイントロを弾きはじめたガーランドをヒュ〜っと口笛で遮り、例のダミ声で「ブロックコード・・・」と指示するマイルス。一転、指示どおりにブロックコードでゴージャスなイントロを披露するガーランド・・・このシーンに代表されるような、演奏の前後のやり取りをドキュメントとしてあえて収録したところがこのアルバムの稀有な魅力のひとつになった。
マイルスは55年の10月ごろ喉のポリープの切除手術をしたが、術後の安静期間にリハーサル等でしゃべってしまったため、あのかすれたダミ声になってしまったらしい。そのマイルスのドスの利いた声が、この男のなんとも言えないカリスマ性を感じさせて、”リラックス”した中にも微妙な緊張感が伝わってくる。


もう一つ、よく挙げられるのが⑥「Woody'n You」の終わったところでかすかに聞こえるコルトレーンの言葉。「ビールの栓抜きはどこだぁ?」と言っているらしい。後のシリアスを絵に書いたようなコルトレーンからは想像もできないようなすっ呆けた言葉だが、実はこの時期のコルトレーンは麻薬禍のピークで、禁断症状をごまかすためアルコールに浸っていたようで、演奏などよりも一杯のビールの方が死活問題だったのかもしれない。①「If I Were A Bell」のソロの出だしで、「あっ、俺の番か・・・」っていう感じで乗り遅れぎみに入るところなど、この時期のどこかぼんやりして集中力に欠ける雰囲気は、おそらく禁断症状とアルコールの影響だろう。


6曲中4曲がスタンダード・チューン(いわゆる歌モノ)で占められているのもこのアルバムの特徴で、その内3曲のミディアム・テンポ(またはミディアム・ファスト)でのマイルスのミュート・プレイが秀逸。原曲のメロディを微妙にフェイクしたクールでメリハリの効いたテーマ吹奏が絶妙にかっこいい。僕などは、③「I Could Write A Book」や⑤「It Could Happen To You」のメロディをこのアルバムで覚えたので、後にヴォーカル等で原メロディを効いたときはかえって違和感があったくらいだ。それほどマイルスのテーマ吹奏は印象的だ。


「It Could Happen To You」でのマイルスのソロは、原メロディの一部をモチーフにしてそれを変奏していくパターンで、5・11のセッションのなかでも白眉のアドリブだと思う。このマイルスのフレージングに合わせるように、ツービートぎみにビートを刻むチェンバースのベースもみごとにはまっている。
「If I Were A Bell」とややハイテンポの「I Could Write A Book」では、マイルスのソロに加え、ガーランドのスウィンギーでメロディアスなポロンポロン・ピアノがなんともいえない雰囲気を醸す。この2曲では、『ラウンド・ミッドナイト』での「Bye Bye Brackbird」と同様、各人のソロのつなぎに循環コード(Ⅱ→Ⅴ→Ⅰ→Ⅵのいわゆる逆循環だと思う)とブレイクを挿入している。こんなチョットした工夫だが、マイルス・コンボが多用してからコンボ演奏の常套になったテクニックなので、聴く機会があったらチョット注意して聴いてみてほしい。


マイルスとガーランドの好調ぶりに比べ、ここでのコルトレーンは「歌モノ苦手」ぶりを遺憾なく発揮している(^o^; 。このマラソン・セッションの1回目(5/11)から2回目(10/26)にかけて、コルトレーンが明確な成長を遂げたなどという意見は、「If I Were A Bell」での怒涛のギクシャクぶりを聴けば、真に受けられないのがわかる。マイルスとガーランドのフレージングがあまりにメロディアスなので、それに対抗して自分も印象的なメロディ・ラインを構成しようとしているのだろうが、見事に失敗している。コルトレーンの進化は、逆にこうしたメロディアスなアドリブ・ラインときっぱり手を切って、「歌モノ」感覚を無視して極端にメカニカルなフレージングに集中していった時に始まったのだと思う。


なお、このマラソン・セッションを巡る周辺事情等については、以前書いたので→ここを参照してください。


50年代の100枚リスト