赤後家の殺人 The Red Widow Murders (1935)

赤後家の殺人 (創元推理文庫 119-1)

赤後家の殺人 (創元推理文庫 119-1)

その部屋で眠れば必ず毒死するという、血を吸う後家ギロチンの間で、またもや新しい犠牲者が出た。フランス革命当時の首斬人一家の財宝をねらうくわだてに、ヘンリ・メリヴェル卿独特の推理が縦横にはたらく。カーター・ディクスンの本領が十二分に発揮される本格編である。数あるカーの作品中でもベストテン級の名作といわれる代表作。(創元推理文庫

「赤後家(Red Widow)」とは聞き覚えのない言葉だし、「ギロチン」の俗称だと言われてもどうもピンとこないので、ちょっと大きめの英語の辞書を幾つか引いてみたが出てこない。それもそのはず、19世紀頃のフランス語のスラングでギロチンのことを"widow"と称したということらしい(仏語でなんというのか僕は知らない)。だから、ほとんどの英米人にとっても「The Red Widow Murders」なるタイトルは中身を読むまで意味不明の言葉なのであって、ゆえに『赤後家の殺人』という邦題も意味不明といって非難するには当たらない。


ルイ14世から直々に任命されて以来、歴代首切り役人を務めてきたロンギュヴァル家の娘と結婚したチャールズ・ブリクサムの悲劇が、この小説の恐怖の源泉になっているが、フランス革命の血塗られた歴史を背景に、このブリクサムの物語や赤後家の部屋の来歴を記すカーの筆致はなかなか見事だ。『プレーグ・コートの殺人』でのロンドン・ペストの描写もそうだったが、こういった歴史的な事実と怪奇趣味を交錯させた記述におけるカーの才能は特筆すべきものがある。


第一の殺人の密室トリックのポイントは、15分ごとに外からの呼びかけに答えた被害者の「声」の謎と、毒殺方法の謎である。「声」のトリックの方はあまりに不自然だが、毒殺のトリックは当時としてはかなり斬新だとは思う。が、これを可能にするある要素が最後まで隠してあるので、読者が推定するのはまず不可能である。アンフェアといえばアンフェアだ。


『プレーグ・コートの殺人』、『白い僧院の殺人』、そしてこの『赤後家の殺人』と密室トリックを中心にした作品を連続して発表したカーは、次の『三つの棺』であの「密室講義」を挿入するなど、カーの密室嗜好はまもなく第一のピークをむかえることになる。この時期のカーは、本当にマジで密室の構成法について様々な角度から検討・研究に勤しんでいたのだろう。


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