(31) The Trio Vol.1 (1955) / Hampton Hawes

ザ・トリオ Vol.1

ザ・トリオ Vol.1

昭和29(1954)年の夏、横浜は伊勢崎町にあった「モカンボ」というジャズ・クラブで行われた伝説のジャム・セッションを収めた『幻のモカンボ・セッション’54』というLPは、奇才・守安祥太郎のピアノが聴ける唯一の音源(守安は55年に自殺)ということで、日本のモダン・ジャズ史上屈指の幻の名盤だった。その後CD化もされたが、今は残念ながら廃盤のようだ。僕はこのLPもCDも持っていなくて、昔、FM放送からカセットテープに録ったものを2曲ばかり聴いた覚えがあるだけだ。このアルバムには、守安はもちろん、宮沢昭秋吉敏子渡辺貞夫ら日本のモダン・ジャズ創成期の俊英達の演奏も含まれるが、確かハンプトン・ホーズのトリオ演奏も1曲入っていたはずだ。


進駐軍の朝霞キャンプから夜な夜な東京や横浜のジャズ・クラブに遊びに来ては、飛び入りで流暢なピアノをかき鳴らしたこの黒人GI、この時期の日本のジャズ・シーンでは「馬さん」の愛称で親しまれた、ということになっているが、そうした美談ばかりではないようだ。というのも、この頃のホーズはご多分に漏れずドラッグに嵌っていて、何度かMPの厄介になって収監・降格を繰り返し、最後は本国送還されたということらしい。当然ヘロインを買うために金欠病になり、日本人の知り合いからも金を借りまくっていたらしいから、結構煙たがられていたのかも知れない・・・と勝手に想像したりする。


それはさておき、ホーズの帰国はコンテンポラリーのレスター ・ ケーニヒにとっては朗報だった。というのも、ケーニヒはすでに53年代初頭にこの稀有なピアニストに目をつけていて、レコーディングのお膳立てをしようとしていた矢先にホーズが入隊し日本へ行ってしまった、という経緯がある。
というわけで、55年6月に録音されたこの『ザ・トリオVol.1』はホーズにとってはちょっと遅すぎた初リーダーアルバムとなった。


僕は若い頃ハンプトン・ホーズは白人だと勘違いしていたが、彼はもちろん黒人で、LA生まれのLA育ち、ちゃきちゃきのLAっ子?である。この辺が、ホーズのサウンドの独自性に繋がっているのかもしれない。基本的にはバド・パウエルの系譜に連なるスタイルだが、パウエル的な暗さや神経質さは微塵もない。バップ・ピアノの湿気をカリフォルニアの陽光に当てて日干しにしたような、明るさと軽快さがある。
「I Got Rhythm」や「Feelin' Fine」などのハイテンポな曲での怒涛の速弾きは、すさまじいテクニックと完璧なタイム感覚。みごとに粒のそろった音列に圧倒されるが、悪く言えばノリに”うねり”のようなものがなく、ちょっと一本調子な感じもする。しかし、あるいはこれがホーズ独自のドライヴ感なのかもしれない。アドリブ・フレーズはパウエルというよりは、パーカー的なバップ・フレーズをシンプリファイした感じで非常にわかりやすい。
むしろ「What Is This Thing Called Love」や「All The Things You Are」のバラッド演奏(途中からイン・テンポになるが・・・)にパウエルの影響がもろ出ている。唯一ピアノ・ソロで演った「So In Love」も美しい。この曲を聴くと、「ああ、明日は月曜かぁ・・・」という憂鬱な気分になるのは何故だろう(^o^;


このアルバムにはブルース・コード物が3曲入っているが、ホーズ得意のブルース・フィーリングは、ミディアムテンポの「Blues the Most」に一番よく出ている。この独特の粘りつくようなピアノ・タッチは、ホーン奏者がアフター・ビートで”もたれ”ながら吹くフレージングを、うまくピアノに移し変えたものだ。ハイテンポの「Hamp's Blues」の軽快でゴキゲンな演奏はこのアルバムの白眉か。


ホーズの黒人の血と西海岸の土壌のアンビヴァレンスが、えも言われぬ雰囲気を醸しだす、評判どおりのピアノトリオの傑作だと思う。


50年代の100枚リスト