(27) Plays W.C.Handy (1954) / Louis Armstrong

数年前、洋風居酒屋みたいなところで飲んでいたらサッチモの「What a Wonderful World」がBGMで流れてきた。隣のボックス席にいたアベックの会話:

      • これって誰が歌ってるか知ってる?
      • えーと、レイ・チャールズだっけ?
      • 違うよ。ルイ・アームストロング。どっちも黒人だけど・・・。
      • へぇー、黒人ってなんかこうソウルぽっくて似てるわよね。ちょっとジャズっぽい感じもするし。
      • うん、でね、これって60何年かの録音なんだけど、80何年かの『グッドモーニング,ベトナム [DVD]』って映画で使われてから流行ったらしいよ・・・。

ジャズ史上最大のミュージシャンを捕まえて、ちょっとジャズっぽいもないもんだが、僕にしたところで、ジャズの演奏スタイルを決定づけた20年代のホット・ファイヴやホット・セブンの歴史的名演を聴いたこともないわけで、偉そうなことは言えない。
このCDのライナー・ノーツで、大和明氏は「これはルイ・アームストロング最後の傑作である。」と書いているが、確かに「ハロー・ドーリー」や「この素晴らしき世界」が大ヒットした60年代から71年に亡くなるまでのサッチモは、ポップス歌手の大御所みたいな扱いで、もろジャズを演ることはめっきり少なくなってしまった。そういう意味では、往年のシカゴ・スタイルを髣髴とさせる名手たちを集めたオール・スターズによるこのアルバムは、サッチモ最後の、奇跡的な名演だと言っていいのだろう。


ブルースの父と呼ばれるW.C.ハンディは、各地のトラディショナル・ブルースを収集・採譜する過程で、その基本的な和声を整理し、西欧流の和声法では割り切れないブルーノート(BbとEb)の存在がブルースの特徴であることを明らかにした。その上で、自作のブルースをたくさん書いたわけだが、ハンディーのブルースがその後のモダン・ブルースやジャズやロックン・ロールに与えた影響を考えれば、彼の功績は計り知れない。
このアルバム録音時にまだ存命中だった(81歳)ハンディが、録音テープを試聴して、予想をはるかに超えた出来ばえに感極まり、見えない目(事故で失明していた)から涙を流したという感動的な逸話が残っている。ジャズ・ファンのはしくれたる僕らとて、この輝かしいトランペットの調べと唯一無比のヴォーカルを耳にして、この天才のほとんど全人格から発散するような圧倒的な「人を感動させる力」を感じないわけにはいかない。
9分に及ぶ「セントルイス・ブルース」をはじめとして5分を超えるロング・ヴァージョンも多く、LPレコードへの収録を前提にしたセッションだったことがわかる。1954年というモダン・ジャズがピークを迎えようとする時期に、メジャーのコロンビアに、気心の知れた仲間と思う存分ブルースを吹き歌う機会を提供したジョージ・アヴァキャンというディレクターの才覚にも感謝しなければなるまい。


このCDのライナー・ノーツを書いている大和明氏は、名著「ジャズ 歴史と名盤」を読めばわかるように、トラディショナルからモダンまで広く深い見識とはったりのない堅実な筆致で、日本では最も信頼できるジャズ評論家の一人だと思う。このライナー・ノーツも、そこにある音楽の背景と魅力を過不足なく伝える、大和氏の面目躍如たる名ライナー・ノーツの一つである。
偉大な作曲家と天才プレイヤー、そしてそれをフォローする業界人や評論家の共同作業で、1枚のCDを聴く喜びは倍増する。


ところで、今なにげなくTVで「笑点」を眺めていたら・・・林家木久蔵の「イヤン・バカーン・ウフーン・・・」は「セントルイス・ブルース」だったんじゃないか! 今ごろ気づくなんて・・・がははは。


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