(14) Chet Baker Quartet Featuring Russ Freeman(1953) / Chet Baker

Chet Baker Quartet Featuring Russ Freeman

Chet Baker Quartet Featuring Russ Freeman

事故で唇に致命的な損傷を受けたルイ・マジオというトランペット奏者が、再起を賭けて編み出した「マジオ・システム」と呼ばれる金管奏法が40年代頃からアメリカで流行りだした。要するに、いかに唇に負担をかけずにまともな音を出すかという模索から生まれた奏法だったが、瓢箪から駒というか、棚からボタモチというか、このマジオ・システムは、金管奏法の常識を覆すような超絶的なハイノート奏法を結果として生んでしまう。
このマジオ奏法の申し子がメイナード・ファーガスンだったが、スタン・ケントン楽団をはじめとする西海岸のビッグ・バンドのブラス・プレイヤーの多くがこの奏法の影響と恩恵を受けたと思われる。ベルリン・フィルのリード・トランペッターが今だショスタコーヴィッチの第5番のハイノートに苦しんでいた頃、これらのジャズ系バンドのトランペッターは、その遥か上空を滑空するようになっていた。


僕も学生の頃、「マジオ金管教本」で数ヶ月試したことがあるが、確かに高音域は異様に出やすくなるが、中音域の音がなんだか歯磨きチューブから搾り出すような品のない音になって、僕ははっきり言ってマジオの音は好きじゃない。ビッグ・バンドで派手に鳴らすにはいいが、コンボ演奏には向かないんじゃないかと思う。


僕が中学のブラスバンドに入ってトランペットを始めた頃は、こんな奏法の存在など日本では誰も知らなかったし、ろくな指導者に恵まれなかった僕は、先輩から、「高音を出すにはとにかく唇を思いっきり横に引いて踏ん張って吹け!」と言われてこれを実践したが・・・もちろんダメだった。
中学2年の半ばまで、僕は、唇をひたすら横に引っ張り、マウスピースを思い切り口に押し付け、その結果やや下顎を突き出して、主に下唇の内側を振動させるという、邪道な吹き方をしていて、もちろん高音を出すのが苦手だった。


と、なんで長々とこんな話をしたかというと、チェット・ベイカーのラッパの吹き方というのが、僕の駆け出し時代?の吹き方と基本的には似かよっているからだ。それは、ジャケット写真での唇の形や、ちょっと上向き加減に構えた楽器の角度でもわかる。だから、チェットは高音を出せない。上はハイCあたりをか細い音でやっと出せるかどうかだ。
で、僕はその後奏法を改良して多少は高音も出るようになったが、チェットはといえば、生涯この吹き方にこだわり続けた。その代わり(といってはなんだが)、チェットは高音を捨てて、中低音域のトーンに磨きをかけ、独特のクールで深みのある音色を手に入れた。
で、ダウンビート誌の読者投票によるtp部門のNo.1は、50年から52年まで連続受賞したメイナード・ファーガスンに代って、53〜54年はチェット・ベイカーが受賞する・・・というのがこの長〜い無駄話の落ちなのだった・・・・。


この中音域の陰影のあるトーンと、よく歌うフレーズ、そして何よりその甘いフェイスで時代の寵児となり、トランペッターとしてマイルス・デイヴィスをも嫉妬させたチェットだったが、日本では圧倒的にあの『Sings』でのヴォーカルの人気が高い。この『Chet Baker Quartet Featuring Russ Freeman』の中で1コーラスだけ歌っている(23)「I Fall in Love Too Easily」は、スタジオ・セッションで収録されたチェットの最初のヴォーカルだと思うが、後年の渋いながらも崩壊寸前の歌唱に比べ、あまりに初々しく、あまりに美しい。
『Sings』については、今度耳を澄ましてジックリ聴いてみようと思う。


なお、この『Chet Baker Quartet Featuring Russ Freeman』は、チェット・ベイカージェリー・マリガンのカルテットを出た後、ピアノにラス・フリーマンを向かえて1953年の7月と10月に録音したスタジオ・セッションをほぼ全曲集めたものだが、アマゾンのレヴューでは、このアルバムと56年の『Quatet: Russ Freeman And Chet Baker』とが一部混同されているので要注意。まあ、間違って買ってラス・フリーマンの妙技を聴くのも一興だが・・・


50年代の100枚リスト