(6)Night in Manhattan(50-51) / Lee Wiley

ナイト・イン・マンハッタン

ナイト・イン・マンハッタン

ガキの頃、ジャズなんかを聴き始める前から僕は『愛情物語』のサントラでカーメン・キャヴァレロが弾く「マンハッタン」という曲がお気に入りで、大人になってこのリー・ワイリーの『Night in Manhattan』というアルバムを初めて聴いたとき、1曲目の「マンハッタン」に妙な懐かしさを感じて、たちまちこのアルバムの虜になってしまった。
「マンハッタン」に限らずこのアルバム全体には不思議な懐かしさが充満していて、それは多分30年代後半から40年代初頭あたりのスウィング時代、そしてその時代のアメリカ文化そのものに対する懐かしさなのだが、その時代に生きてもいない僕がなんでそんな郷愁を感じてしまうのか・・・そのあたりに、このアルバムの魅力がある。


サッチモが活躍した20年代のシカゴあたりのサウンドを、白人が模倣・リフォームしてポップにしてしまったのがスウィングだったわけで、いわば黒人主体だったジャズを白人が乗っ取ったのだが、ことヴォーカルに関して言えば、黒人の圧倒的にユニークでエキセントリックなジャズ・ヴォーカルの歌唱法を白人が乗っ取ることはできなかった。戦前、実力的にも商業的にも黒人に肉迫できた白人歌手は、わずかにこのリー・ワイリーとミルドレッド・ベイリーぐらいだっただろう。
そのミルドレッド・ベイリーもちょうど51年に他界しているから、モダン・ジャズ以前のスタイルの白人ジャズ・ヴォーカリストとしてはリー・ワイリーが最後の華だった。


リー・ワイリーは1908年生まれというから、このアルバムのときは42、3歳か。すでに自分のスタイルは確立しきっていて、あとは歌詞をどう解釈・咀嚼して歌うか、だけだったろう。
彼女は若い頃からアップテンポでは決して歌わない(あるいは歌えない?)人で、ここでもすべてミディアム・テンポかバラッド調で通している。ややハスキーなトーンと独特のビブラートから繰り出す堂に入った歌唱はすべて貫禄ものだが、僕が好きなのは②I've Got A Crush On Youと⑫More Than You Knowの2つのバラッド。一句一句丁寧に歌詞を積み重ねながらも、感情移入し過ぎずにサラリと歌うバランス感覚が絶妙で、それが独特のスタイリッシュなヴォーカリズムを生んでいる。歌詞などわからなくても何故か言いたいことが伝わってくるから不思議だ。
で、彼女の歌をサポートして余りあるのが、ボビー・ハケットのラッパとジョー・ブシュキンのピアノ。この名人二人のオブリガートがワイリーのヴォーカルと実に精妙なタイミングで絡む。モダン・ジャズばかり聴いていると、こういうコラボレーションのやり方があったことすら忘れているが、この雰囲気こそはビ・バップ以降のジャズからスッポリ抜け落ちてしまった、「古き良き時代」のエッセンスだ。


50年代の100枚リスト