猫の死骸

今日は岩手の水沢の辺りに出張だった。
取引先の社長が運転する車に同乗して田舎道を走っていると、突如、民家の雑木の陰から一匹のネコが飛び出してきた。急ブレーキをかけて、車が横転しそうなほどハンドルを切ったが、間に合わなかった。
車から降りて、轢かれたネコの様子を見ると、外傷はあまりないが口からひどく血を垂らしていて、ハアハア喘いでいた。たぶんまだ1歳前の幼いネコだ。
その社長は、ネコをかかえて道端の草むらに横たえると、合掌して、「しょうがないですよね。これから契約もあるし・・・いきましょうか。」と言って立ち去ろうとした。
僕は、格好付けるわけではないが、一瞬、愛犬メルの顔が頭をかすめて、どうもその場を立ち去りがたかった。
「まだ息があるし・・・近くに獣医師いませんかね?」
「あっ、会社の近くに獣医さんいますよ。だめかも知れないけど、連れて行きましょうか。取引遅れてもかまいませんか?」
「かまいません。」
ということで、仕事はそっちのけで、ネコを病院に連れて行った。
結局は内臓破裂の状態で、回復は不可能、酷く苦しんでいるので安楽死させることになってしまったが、1時間ばかりの間、二人はこのネコの命を救うことに必死になっていたのだった。ひょんなことから妙な信頼関係が生まれてしまって、取引はうまくいった。
でも、二人ともひどく悲しい気分だった。


このへんてこに見える景色のなかへ
泥猫の死骸を埋めておやりよ。(萩原朔太郎