夜歩く It Walks by Night
- 作者: ディクスン・カー,井上一夫
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1976/07
- メディア: 文庫
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〜刑事たちが見張るクラブの中で、新婚初夜の公爵が無惨な首なし死体となって発見された。しかも、現場からは犯人の姿が忽然と消えていた! 夜歩く人狼がパリの街中に出現したかの如きこの怪事件に挑戦するは、パリ警視庁を一手に握る名探偵アンリ・バンコラン。本格派の巨匠ディクスン・カーが自信満々、この一作をさげて登場した処女作。(創元推理文庫)
ヴァン・ダインがその最高傑作『僧正殺人事件』を上梓し、エラリィ・クイーンが『ローマ帽子の謎』でデビューを飾ったのが1929年。その翌年(1930年)、ジョン・ディクスン・カーが一足遅れてプロ・デビューしたのがこの『夜歩く』によってだった。
舞台はフランスはパリ、探偵役はパリ警視庁のトップにして予審判事(なんだか警察と司法の分立に反するような気がするが・・・)のアンリ・バンコラン。ワトソン役の語り手がバンコランの若い友人の米国人ジェフ・マール。
はっきり言って、ちょっと拍子抜け・・・。後にカーの専売特許となるゴシック的な怪奇趣味や不可能興味は横溢していて、ル・ガル(人狼)伝説といったイメージやポウの『黒猫』を模した趣向で恐怖を煽るが、これらのアイデアが全体のプロットと有機的に連関しているとはちょっと言いにくい。密室のトリックもカー全盛期の豪華絢爛たる(?)トリックに比べるとあまりに呆気ない。犯人も、かなり直截な伏線によって、「お前が犯人だ!」と言うかなり前からバレバレだ。おまけにエンディングもかなり投げやりな感じ。
ヴァン・ダインやクイーンのニューヨークを舞台にしたモダン・ミステリに対して、始祖エドガー・ポウに回帰するごとくパリを舞台にとり、フランス人を探偵役に選んだカーのこの処女作だが、後にイギリスに舞台を移すにしろ、カーにとってヨーロッパというトポスがどういう意味合いだったのかは、追々考えてみることにする。
それにしても、シド・ゴルトンというアメリカ人の、極端に戯画化されたキャラクターや、ただ騒々しいだけの音楽として毛嫌いされるジャズ演奏、といった描写からは、カーのアメリカ批判というよりは、何だか自身の深い根っこにあるアンビヴァレンスが見え隠れして怪しい・・・。
一度、伝記を読んでみようかなという気になった。